クウェートの国のなりたち・・・その2
8世紀の初頭、アラビア半島の中央部からセム系のバニ・ウトバ族がこの地に移住し、ここに町を築いたのが国家としての始まりで、一族の中心となったのがサバーハ家である。
同家の家長サバーハは住民の信望を集め、1756年に住民を代表する首長(アミール)に選ばれました。
これが現在のサバーハ家の起源である。
以後クウェートはサバーハ家歴代の首長を中心に発展を遂げました。
8世紀の初頭、アラビア半島の中央部からセム系のバニ・ウトバ族がこの地に移住し、ここに町を築いたのが国家としての始まりで、一族の中心となったのがサバーハ家である。
同家の家長サバーハは住民の信望を集め、1756年に住民を代表する首長(アミール)に選ばれました。
これが現在のサバーハ家の起源である。
以後クウェートはサバーハ家歴代の首長を中心に発展を遂げました。
紀元前3500年頃からすでにこの地方には人が居住し、ペルシア湾で商業活動などに従事していたといわれています。
当時は、現在のクウェートの沖合にあるファイラカ島がその中心で、シュメール、バビロン、ペルシア、サラセンなどの各時代を通じて東西貿易の基地の1つとして賑わった。
16世紀に入って欧州列強の進出が始まり、まずポルトガル人が城塞を築いて、ペルシア湾一帯の拠点としました。
ちなみにクウェートとはアラビア語で「小さな要塞」を意味し、国名の由来となっています。
ポルトガルに続いてオランダが進出したが、やがてイギリスの前に姿を消し、ペルシア湾一帯はイギリスの影響下に入ることになった。
ペルシア湾の西岸にあって、日本の岩手県と香川県を合わせた面積とほほ伺じ大きさでです。
国土の大半は海抜10数メートルから80数メートルまでの平坦な砂漠となっています。
クウェートの気候は四季がなく、乾燥酷暑の長い夏と、短期間ではあるが比較的涼しい冬に分けられる。
特に6月から9月までの気温は50℃前後にまで上がることがしばしばで、高温のうえに熱風の吹きつける焼けるような暑さが続きます。
12月から3月までの日中の各月の平均温度は30℃以下に下がり、特に1月と2月は20℃を少し超える程度で、多少の降雨をみるのもこの時期です。
国民のうちクウェート人は3割程度で、他はパレスチナなど他のアラブ人、アジア系人で占められています。
中東世界の中では比較的自由で、西欧的な社会を築いているといえるでしょう。
■日本との関係
クウェートの貿易相手国として、日本は輸出入とも第1位を、日本の石油輸入量ではクウェートは第4位を占めます。
また、日本の進出企業も多く、在留邦人は1983年で2000人に及んびました。
両国要人の相互訪問も頻繁に行われてきました。
国名クウェート国
英語名StateofKuwait
独立年月日1961年6月19日
国連加盟年月1963年5月14日
主要国祭日2月25日(ナショナルデー)
帝政時代に近代化が進められたが、革命中は一転してイスラム法による旧社会への回帰が強制されました。
男女共学制の廃止や女性の服装、また刑罰や裁判などにそれが極端にみられます。
■日本との関係
シルクロードの時代から因縁の深い両国であり、近年は石油を通じて極めて緊密な結びつきを有してきました。
革命後はその政情不安から一時中断されたが、本来親日的、友好的な両国関係はしだいに復活しつつあります。
イラン人労働者の日本入国が急増しているのも一つの特徴です。
国名イラン・イスラム共和国
英語名IslamicRepublicofIran
独立年月日BC708年建国(メディア帝国)
国連加盟年月1945年10月24日(原加盟国)
主要国祭日2月11日(革命成就の日)
989年イスラム革命の指導者ホメイニ師が死去すると、穏健派のラフサンジャニ大統領が就任、政治的にも改革・改善がみられました。
まず国内の急進派の排除、対外的には米国、西欧諸国との接触再開などです。
91年の湾岸戦争では中立的立場をとり、全方位外交をとっています。
経済的にはイスラム革命に続くイラクとの戦争による混乱からの回復が遅れ、対外債務とインフレに悩まされています。
イスラム革命時に国有化された企業の一部民営化、石油の増産と自由貿易工業地区構想などが進められています。
運動は年々激化し、皇帝はついに1979年1月イランを出国、そのあとイスラム教の最高指導者ホメイニ師が亡命先から帰国しました。
同年3月、国民投票によって共和制移行を決定、国名を「イラン・イスラム共和国」と改めました。
この共和国の前には重大な問題が続出しました。
テヘランの米大使館占拠と館員の人質事件(79年11月)、国民投票で選ばれたバニサドル大統領と宗教指導者との対立と大統領の国外脱出(81年7月)、イラン・イラク戦争の勃発(80年9月)、相次ぐ爆発事件による多数の宗教界の指導者や政界要人の死亡など混乱が続いた。
88年イラクと停戦が成立、国内再建にのりだしました。
第2次大戦中の1941年、モハメッド・パーレビが父王のあとを継いで皇位につきました。
パーレビ皇帝は、1950年代に入ると、モサデク(後に首相)らの民族主義勢力に押されて国外に亡命し、53年に皇位に復帰するという最初の苦悩を味わいました。
イスラム革命パーレビ皇帝は復帰後、イランの近代政策に積極的に取り組んだが、これが宗教指導者らの反感を買い、反国王運動が高まりました。
イラン国民の祖先は、南ロシアから南下してきたアーリア人種(メディア人、ペルシア人)であるといわれています。
メディア人は紀元前708年、イラン史上最初のメディア帝国を建設し、紀元前550年には、ペルシア人がアケメネス帝国(ペルシア帝国)の基礎を築いました。
その後の長い歴史の間に、イラン人は再三新しい王朝をたてて栄えたが、その一方で欧亜にまたがる周辺の諸民族に征服されて、しばしば国を失いました。
近世に入って第1次大戦後、この地域に君臨していたトルコ系部族のカジール朝が崩壊し、その後を受けて元コサック兵団の士官レザー・シャーが1925年12月国民議会に推されて皇帝となり、10年後に国名をイランと改めました。
国土の大半はイラン高原で占められている。
この高原は3方を山脈に囲まれ、北部にアルボルズ山脈が東西に走り、北西部より東南部にかけては、イラク国境とペルシア湾沿いにザグロス山脈とマクラン山脈が走っています。
国土の55%が海抜300~1、500mの間の高原にあります。
気候は高度によって気温の差があり、高原地帯は一般に大陸性気候で乾燥し、寒暑の差が激しい。
また、一日の温度差の激しい所もあります。
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